部長職捨て、夢の俳優へ 早期退職で見つめた自分
通勤の移動手段でしかなかった電車は、今や格好の稽古場だ。セリフを覚え、表情筋を鍛えようと、モゴモゴと口を動かす。「ヘンな人」に見えなくもないが、スーツに身を包みスマホに没頭する車内の目はこちらを気にも留めない。「少し前は自分もあちら側だったな」。そう思うと不思議な気がする。
俳優の山田直樹さん(56)は2020年9月まで、キリンビールの営業担当部長だった。ワインやウイスキーの販売を担い、年収は約1000万円。駆け出しの役者となった今、ギャラは1現場数千円、退職金を取り崩し、物流センターのバイトと掛け持ちの日々にもかかわらず、充実感は何物にも代えがたい。
(日本経済新聞 12月19日)
シニアだけが集まった劇団で演劇を楽しむ人もいるが、一方で、CMや映画、テレビで一般の俳優とともに芝居をする道を選ぶ人もいる。後者は、なかなか競争が厳しい世界だが、それだけに役を獲得してうまく演じたときの達成感は大きい。
芸能事務所に入ること自体はそれほど難しくない。芸能事務所の俳優募集に応募すると、大抵採用され、演技教室への参加を求められる。芸能事務所としては、仕事のオーディションで採用されない人でも本人から演技教室の授業料を得られるので、問題ない。本人の方も、カルチャーセンターのクラスに参加して演劇を楽しんでいると思えば、授業料はそれほど気にならない。両者の利害は一致している。
加えて、端役でも仕事が得られれば、本人にとっても事務所にとっても得るものがある。才能と運に恵まれた人であれば、キリンビールの部長職ほどではないが、生活できる程度の収入を得る可能性もないわけではない。生活が安定しているなら、趣味を活かして夢を追うのも選択肢のひとつだ。