三鷹光器―中村勝重社長
前回、「下町ロケットより凄い会社―三鷹光器」という記事を掲載した。
NASAの地上観測カメラや脳外科手術用顕微鏡などで有名な三鷹光器という町工場は中村義一氏が創立した。
さて、筆者は定年を過ぎてから地元三鷹の合気道道場に入門した。
素人がそういう年齢で入門するのには少し勇気が要った。そう思っていたら、私の後から更に年長と思われる人物が入門して来た。
親近感を覚えて話をし、名刺を頂くと「三鷹光器社長 中村勝重」とあった。
創業者の中村義一氏との関係を聞くと、「兄は会長で、弟の私が社長」とのことだった。
私は兄の中村義一氏の天才を知っていたので、中村勝重社長に「お兄さんにはかなわないでしょう」と言うと、「いや、脳外科手術用顕微鏡を開発する時に、命にかかわる分野なので、兄も少し心配したが、私がいろいろとアイデアを出し、兄を安心させて開発を進めた」と返事が返って来た。
その後、会社を訪問し、実際に製品を見せてもらう機会を得た。
執刀医が覗き込む顕微鏡部分は医師の背後から頭上のオーバーヘッドアームに吊り下げられ、医師の眼の前に降りて来る。
大きな装置であるが、手術の妨げにならない。
片手で簡単に顕微鏡部分の操作ができる。画像は幾らでも拡大でき、しかも立体視できる。
「顕微鏡というけれど、頭の中を望遠鏡で見るセンスで作ってある。
宇宙観測装置の技術をふんだんに使ったところにうちの製品の特長がある。
「日本では患者を寝かせて手術するが、欧米では座らせた姿勢で手術することも多い、その方が出血が少ないからね。
他の日本メーカーの脳外科手術用顕微鏡は座った姿勢には対応できないが、うちのは寝ても座っても手術ができるようにしてある。
うちの製品は手術がやりやすいと医者に歓迎されている。」
「宇宙関係では古くから月や太陽の表面の凹凸を測定する観測器があった。現在は月の表面の10cm程度の高低差まで計測できる。うちで、同じ原理を使って産業用の3次元計測器を作った。非接触でミクロン単位の計測ができる。更に医療用の3次元計測器も作った。脳外科手術などでは、手術前の状態と手術後の状態を克明に記録しておく必要がある。そうでないと訴訟に対応できない。この分野は伸びますよ。」と。
兄の中村義一氏は天才肌の職人という感じがするが、弟の勝重氏はアイデア・技術もさることながら、事業家・経営者の素質も兼ね備えている。
バーレーン、スペイン等に太陽熱集光装置の商談で頻繁に出張する。
太陽光集光装置は地上に置き並べた何百枚もの凹面鏡で太陽光を反射させ、それを一点に集めて高温エネルギーを作り出す装置であるが、勝重社長が開発した太陽熱集光装置は2000℃の高温を作り出す。
他社の装置は半分の温度も出ない。3次元計測の自社技術を鏡面加工に適用しているため、他社製とは精度が格段に異なるためだ。この装置は、発電・飲料水製造・ゴミ処理などに幅広く用いられる。
ある時、合気道の飲み会に「勝重」という焼酎を持って来られた。
鹿児島県内之浦で東大宇宙研の実験ロケットの打上げが続いていた頃、三鷹光器の観測装置は次々と成果を挙げた。
周囲には失敗する関係者も少なくなく、内之浦の地元の行きつけの飲み屋で嘆いたり悔んだりしている関係者が少なくない中、勝重社長はいつもニコニコしていた。それで蒸留元に伝手のある飲み屋の主人から、常勝「勝重」のブランドの焼酎を作らないかと話があったそうだ。
2006年には天皇陛下が三鷹光器を視察巡幸された。その時の説明役も勝重社長であった。
三鷹光器は「図面は現場にあり」を徹底している。医師に無理をお願いして、脳外科手術に立ち会わせてもらっている。
だから使いやすい製品ができる。製造も自社でやり、思い通りの精度を出す。宇宙観測装置で培われた発想から、新しいアイデアが湧き出て来る。
三鷹光器にしかできないものをつくる。凄い会社―三鷹光器のフロンティアは尽きることがない。