-第11回-人との出会い
何と言っても、人と人との出会いほど不思議なものは無い。
先に書いた昔の読書で、「三国志演義」の最初に出てくる、劉備、関羽、張飛の3人が桃園に義を結ぶくだり。またその劉備が、後の諸葛孔明を軍師として迎えるため三顧の礼を尽くしたことなど、人の結びつきが、歴史を作っていくありさまが、わくわくするような臨場感を持って著わされていたのを、思い出す。
日本の戦後の復興を創り出した時代のソニーの井深大と盛田昭夫、ホンダの本田宗一郎と藤沢武夫の組み合わせなども、経営の妙を語る際に、喧伝されたものだが、バブル崩壊以降、このような英雄の物語は日本では影をひそめてしまったように見える。
しかしながら21世紀がこれから創り出す社会は、一人一人の人間を大切に見定め、それぞれの多様性を生かしながら、全体としての創造力、生産性をフルに活用する世界になると思われるので、新しい人間育成へのパラダイム転換の中から、新しい「人の出会い」が生まれてくるのではないだろうか。
そこで、まず第一に考えなければならないのは、一人一人の個性を尊重しその人らしい
成長を継続させるのに、どんな手段が必要だろうか、ということである。私たちの考えとしては、各個人の「キャリア開発」をそれぞれの目標にかなうように実践することである。
具体的には、幼年から青年、成年、中高年、老年に至るまで、それぞれの生涯発達が保証出来るようなトータルシステムを組み上げて、家庭、学校、企業、関係組織が一人一人の成長を支援できることなのである。
一人一人の能力開発や、生き方・働き方を本人の希望に合うように、各段階各組織で
制度設計から運用に至るまで、作りこむことが必要ということになる。
これには「キャリア開発」の考え方を、本人がしっかりと自覚するとともに、親、先生、上司、行政が趣旨・目的を理解して、生きた生涯設計の枠組みになるように作り替えなければならないので、相当な時間と総合した行政のシステムが必要になるだろう。
現在は、まだ従来からの過渡的な状態で、バブル崩壊、企業の合併・統合、リストラ、の波の中で、旧来の年功序列型社会から、グローバルスタンダードを目指すものとされ、個人の短期成果主義強化に向かった企業では、日本の仕事の分担があいまいであり評価基準が定まらないことから、内部混乱が起こり、企業の意思統一が失われる失敗に終わっているようだ。このような混乱から、多様な人材の多様な働き方が、行かされるような社会に変貌し、そこで起こる新たな「人との出会い」こそ本物の「仕事と生きがい」の社会になるだろうと思う。
私などは旧来ど真ん中で、伝統あるメーカーに入って、配属されるままに仕事を覚え、
その仕事の成長・拡大・変化に合わせて一社懸命に努力した結果、一人前の成長をして、
営業部長から人事部長になるという有難い会社生活を送らせてもらったものである。
しかしこの成長の中に本当に素晴らしい「人との出会い」があり、今思い返してみても、よくもまあ、この若造に大きな仕事を任せてくれたものだ、と感謝の気持ちで一杯である。営業部部長付という内部計画管理をしている時に、今後の増設を検討するためのアメリカ調査チームに、「君がいけ」と言ってくれたK部長。おかげで、世界から見た日本の仕事のひずみ、実力主義とオープンなアメリカビジネスにすっかり目を拓くことが出来た。
この後も、大きな仕事を幾つもさせていただいたが、私も「仕事は人なり」に目覚め、
管理者になった後も、人の実力の発掘、組み合わせの妙を活かす、など、「人との出会い」を常にこころがけ、全ての場面で、人とのつながりを大切にしている。