ストリート販売員の伝説
ロンドンのアイルランド系貧民に生まれたJohn Birdは子供の頃から孤児院・ホームレス・刑務所を往復した。
何とか普通の市民の仲間入りを果たしてから、彼は友人とストリートで販売する雑誌“The Big Issue”を1991年に発刊した。雑誌はヒットし、ホームレスが社会復帰する切っ掛けの一助となった。
“The Big Issue”は国境を越え、他の国でもオリジナル記事の翻訳に独自記事を加えた様々なバリエーションのBig Issueが販売されるようになった。
日本では佐野章二氏が一種の社会事業として「日本版ビッグイシュー」を発刊し、ホームレスのネットワークを通じて販売している。
1冊300円、そのうち160円がホームレス販売員の収入になる。
私が様々な新事業開拓をしていたことは前に述べた。
私は、事業としても成り立ち、かつホームレスの人たちの就業機会にも繋がるアイデアを思い付いた。
私は田町駅近くに勤務していたが、田町駅近辺のビル管理会社が清掃員を雇って朝の出勤前と終業後の時間帯にビルと周辺の清掃をさせていた。
田町駅近辺に寝起きしているホームレスが駅で「ビッグイシュー」を販売していたので、彼が朝晩清掃すれば通勤の手間も無く、雑誌販売+αの定収入になると考えた。
一つモデルが出来れば、販売員のいる全ての駅に順次拡大して行く。
この事業は余り儲からないが、テレビで放映されるだろう。会社の宣伝にもなる、次々と妄想が膨らんで行った。
私は、旧知のビル管理会社の責任者のところに出向き、私が面接して信用のおけるホームレスと保証するなら使って貰えるかと尋ねると、
早朝と晩に安い時間賃金で清掃をする者の確保が簡単ではなかったと見え、即座に良い返答を得た。
そこでいつも田町駅で「ビッグイシュー」を販売している高齢の男に声を掛け、時給800円でこの仕事をしないか尋ねた。
男はTと名乗り「私は定収入の仕事は好きではない。私はビッグイシューのトップセールスマンで、売ったら売っただけ自分の収入になる雑誌販売が好きなので、清掃はやらない。」と答えた。
いささかびっくりして「それならTさん、ホームレスの知人を紹介してよ。」と言うと
「彼らを使わない方が良いよ。彼らは怠け者だ。雑誌が売れたら売れた分だけ飲んでしまう。明日の仕入れのお金を取って置かなくてはいけないのに、そういうことを考えないんだ。」と忠告された。
私のアイデアはそこで止まった。
その後、必ずTさんから「ビッグイシュー」を買うことにし、いろいろな話をした。
ホームレスになる前、Tさんは関西で手広く自分の店舗を経営していた。
年商数億のビジネスだったが、阪神淡路大震災で店が被災して以降うまく回らなくなり結局倒産した。
それで家族を残し身一つで東京へ逃れて来た。
新宿の公園で野宿していた時に、雑誌の存在を知り販売員になった。もともと商売の才覚があった。
一店員から自分の店舗を次々広げた経験を持つTさんは、すぐに雑誌のトップセールスマンになり、3ヶ月でホームレスを卒業しアパートに入居した。
元ホームレスは販売員を続けられるとのことであり、Tさんは今も販売員を続けている。
ストリートで販売しているTさんの姿は自然な愛嬌があって良い。
一度でも買ってくれた客は覚えていて声を掛ける。お得意さんには感謝のメッセージを書き付けたメモを5円玉・50円玉に括り付けて季節の節目に手渡す。
最新号だけを売る販売員が多い中、Tさんはバックナンバーを揃えていて、それを置台の上に並べて売っている。
雑誌に興味を惹かれた客がいれば、自由に手に取って見させている。Tさんは離れて黙って見ている。その方が売れるというのがTさんの考えである。
Tさんに感心するのは私だけでは無い。Tさんは慶応大学を始め何度か講演に呼ばれたことがある。
Tさんには自分の人生哲学と仕事観がある。
私より年上のTさんであるが、この先何年も元気で雑誌販売を続けて行くことだろう。